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フクロオオカミ

一言でいうと、オオカミのような有袋類でした。

過去形になっているとおり、フクロオオカミは絶滅動物ですが、下のようなモノクロ写真を残せる時代までは生息していました。

つまり、本来なら現生動物であったかもしれない、悲運の有袋類です。

フクロオオカミ(1933年)の画像
フクロオオカミ(1933年)
File:File:"Benjamin".jpg - Wikimedia Commons
Author:Unknown photographer

フクロオオカミの絶滅は1936年(絶滅宣言は国際自然保護連合が1982年、タスマニア政府が1986年)。

画像のフクロオオカミが最後の1頭になりますが、1933年から1936年まで、オーストラリア・タスマニア島のホバート動物園で飼育されていました。

また、トラのような黒い横縞をもつことや、タスマニア島に生息していたことから、「タスマニアタイガー」や「タスマニアオオカミ」とも呼ばれます。

では、なぜ?フクロオオカミが悲運の有袋類なのか。その生態と歴史を振り返ってみたいと思います。

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体長:100~130センチ

食性:肉食

»1~2頭で狩りに出かけ、小型カンガルーや鳥類などを捕食していました。

ニッチ:頂点捕食者

»オーストラリア区には、真獣類の上位捕食者(ライオンやトラなど)がいません。

»それらのニッチ(生態的地位)は、フクロライオン(ティラコレオ)やフクロオオカミなどの有袋類が占めていました。

»オーストラリア区:オーストラリアやニュージーランド、ニューギニア島などを範囲とする生物地理区の一区分。

本来の分布域:ニューギニア島、オーストラリア本土、タスマニア島

絶滅時の分布域:タスマニア島だけに生息

»ニューギニア島、オーストラリア本土の順に絶滅しており、その時期や理由については、下記「オーストラリア本土での絶滅」に書いています。

上記のように、ニューギニア島、オーストラリア本土の順に絶滅しています。

オーストラリア本土のフクロオオカミについては歯や骨などから、紀元前2600年ごろまでの存在は確認できるようです。

一方で、タスマニア島のフクロオオカミは、1930年代までの確認ができています。

絶滅時期に約4500年間もの開きがありますが、その差は絶滅理由の違いになります。

最近では、「遺伝的多様性の衰退」および「天候変動への適応力の低下」などに、絶滅した原因を求める学説もありますが・・・。

ここでは、「人とディンゴがフクロオオカミの絶滅に関わっていた」とする学説にもとづいて書いています。


東南アジアから、オーストラリア区に連れてこられたイヌが野生化して、後に「ディンゴ」と呼ばれるようになるのですが・・・。

その時期については諸説あります。すなわち、数万年前とする見解と、数千年前とする見解です。

前者の見解が有力視されてはいますが、ひとつ大きな疑問が残ります。


そのころのオーストラリア本土とタスマニア島は、氷期による海退のため、陸続きだったと推測されていることです。

「陸続きなのに一方では絶滅して?一方では生息している?」という疑問が生じます。

間氷期による海進によって、オーストラリア本土とタスマニア島が海に隔てられるようになったのは、約1万年前だと推測されていることも考えると、ディンゴがオーストラリア区に連れてこられた時期は数千年前ではないかと思います。

また、紀元前2600年ごろまでは、オーストラリア本土のフクロオオカミの存在が確認されているということも併せて考えると、5000年前ぐらいかなとも思います。

そう考えれば、絶滅時期に約4500年間の開きがあることにも一致するようにも思います。


ところで、フクロオオカミとディンゴは同じような体型と食性。つまり、ニッチを争う競合相手です。

そうなると、群れで狩りをするディンゴに対して、フクロオオカミの狩りは1~2頭。明らかにフクロオオカミが不利です。

ディンゴの画像
ディンゴ
Title:Dingo | Flickr
Uploaded by Nicholas Lee

つまり、「フクロオオカミはディンゴとの生存競争に負けた」ということになります。

まず、ニューギニア島のフクロオオカミが絶滅し、次いでオーストラリア本土からも絶滅。その時期は紀元前2600年ごろだと考えられていますが・・・。

海を隔てたタスマニア島には、ディンゴは生息域を拡大できなかったことが幸いして、その後もフクロオオカミは島内で生息を続けます。

また、タスマニア島だけにタスマニアデビルが生息していることも、同様な理由になると考えられます。

オーストラリア本土などでの絶滅の原因が、主にディンゴであるのなら、タスマニア島での原因は「人による絶滅」と書かざるを得ません。

また、そのことがフクロオオカミを「悲運の有袋類」とする理由でもあります。

19世紀に入ると、オーストラリア本土やヨーロッパなどから、タスマニア島への移住がはじまりました。

人々は開拓とともに、ヒツジなどの家畜を飼いはじめたのですが、フクロオオカミにとっては手ごろで手軽な獲物。家畜を襲うことを覚えてしまいました。

そうなると、フクロオオカミは人々から忌み嫌われる害獣。下の画像のように、捕獲対象となります。

フクロオオカミ(1869年)の画像
フクロオオカミ(1869年)
File:File:Bagged thylacine.jpg - Wikimedia Commons
Author:Victor Prout?

特に、1888年からは政府が懸賞金をつけたため、1909年までの22年間に2268頭ものフクロオオカミが捕獲されています。

なお、捕獲とは書いていますが、そのほとんどが虐殺であり、解剖学的な研究もできないほどの状態であったようです。

また、懸賞金の期限が切れた後にも、フクロオオカミは捕獲され続けていきます・・・。

その結果、1933年に捕獲された1頭(冒頭の画像)が最後のフクロオオカミとなり、1936年に死亡したことで絶滅となります(絶滅宣言は1982年および1986年)。

22年間で2268頭ものフクロオオカミを捕獲したことが、絶滅への道を早めたことになりますが…。

このころは、動物愛護の概念がまだ希薄な時代であり、日本も同様だったと思います。

たとえば、ニホンカワウソは毛皮などを目的として乱獲され、1906年(明治39年)には、北海道だけでも891頭が捕獲されていますが・・・。

1906年といえば、フクロオオカミに懸賞金がつけられていた時期と同じです。ちなみに、ニホンカワウソの絶滅宣言は今から6年前、2012年8月です。


今の時代にあるような動物愛護の概念が、あと100年ほど早くからあれば…。

「フクロオオカミとの共生」を考え、悲運の有袋類にならずにすんだのかもしれません。

同様に、「ニホンカワウソとの共生」という概念があれば、現生動物であったのかもしれないと思うと、やはり残念です。

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フクロライオン
(ティラコレオ)

本文で一言だけ出てくる、「フクロライオン」について補足しておきます。

和名:フクロライオン

学名:Thylacoleo carnifex
(ティラコレオ・カーニフェックス)

生息年代:200万年前~4万6000年前

体長:1.1~1.3メートル

体重:100キロ前後

フクロライオン(ティラコレオ)の画像
フクロライオン
Title:Marsupial Lion? | Flickr
Uploaded by Annette

フクロオオカミが「オオカミのような有袋類」であるなら、フクロライオンは「ライオンのような有袋類」ということになりますが、たてがみは想像されていません。

「ライオンのようなニッチ(生態的地位)の、頂点捕食者であっただろう」ということになります。

しかしながら、フクロライオンの犬歯はライオンのように長大ではなく、むしろ退化しています。

犬歯のかわりに門歯が鋭く発達してはいるものの、全体的な歯列構成は、草食性であるケラトプス科の恐竜に類似しています。

それらのことから、かつては「果実や木の葉を食べる草食性ではなかったのか?」と考えられていた時期もありましたが…。

現在では肉食性だったとされ、フクロオオカミのような頂点捕食者だったと考えることが大勢になっています。

また、研究者によっては「フクロライオンはハイエナのようなスカベンジャー(腐肉性)でもあった」としています。

ページ公開日:2019年2月17日


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